どうも崇純です。
今回は、天王洲アイルで行われていた
「妖怪展」なるものに行ってまいりました。
思った以上に本格的な妖怪の世界でした。
最初は正直、
「妖怪がワーッと出てきて、子どもがキャーッと言う感じかな」
くらいに思っていましたが、入ってみると、
プロジェクションマッピングで妖怪たちが壁いっぱいに動き出し、音と光でなかなかの迫力。
僧侶だからといって妖怪まで平気かと言われると、それはまた別です。
夜ひとりだったら、少し早歩きになるかもしれません。
ただ、この妖怪展は怖がらせるだけではありませんでした。
浮世絵に描かれた妖怪の歴史や、
付喪神(つくもがみ)の考え方など、
日本人の心の奥にあるものを教えてくれる展示でもありました。
付喪神とは、長い年月を経た道具や物に魂が宿り、妖怪になるという考え方です。
古い傘、古い茶碗、古い道具。
人に使われ続けた物が、ただの物ではなくなっていく。
物に魂が宿る。少し怖くて、少し優しい考え方です。
これを見て、私は自分の机の上を思い出しました。
使いっぱなしのペン。
積み上がった書類。
どこから来たのか分からない封筒。
粗末にしていると、そのうち妖怪になるかもしれません。
しかし、怖いだけでなく付喪神の考え方は非常に勉強になりました。
それは、物をただの物として扱わない心です。
長く使った物には、その人の暮らしが染み込んでいる。
大切にした道具には、その人の時間が宿っている。
だからこそ、昔の人は物にも自然にも、見えない何かを感じ、敬意を払ってきたのだと思います。
考えてみれば、お寺でのご供養も同じです。
亡き人に手を合わせる。
仏さまに祈る。
ご先祖さまに感謝する。
どれも目には見えません。
宅急便のように「ただいま仏さまのもとへ到着しました」と通知が来るわけでもありません。
でも、見えないからこそ丁寧にする。
見えないからこそ、心を込める。

見えない世界を、少しだけ感じさせてくれる展示でした。
妖怪と仏さまは、もちろん同じではありません。
でも、その根っこには「目に見えないものを、なかったことにしない心」があるように感じます。
物を粗末にしない。
自然を侮らない。
亡き人を忘れない。
仏さまに手を合わせる。
今回の妖怪展は、怖くて、面白くて、そして思った以上にためになる展示でした。
帰ってから、まず机の上を少し片付けました。
うちの書類たちが、まだ付喪神になる前でよかったです。
皆さんの身の回りのモノが付喪神になりません様に・・・。
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